AEDによって救われた命

ポップアスリートは少年野球の活動を日々応援しています。活動のなかで感じたことは、より楽しく、有意義に野球を続けていくには、野球が安全なスポーツにならなければいけないということでした。今回はそのような趣旨のもと、心臓震盪(しんぞうしんとう)という耳慣れない言葉でありながら、実は身近にある命の危険について皆さんと考え、野球をより安全なスポーツに出来たらと思います。

肩に当たったと思ったボールは心臓を直撃していた!

誰もが青ざめるような大事に至りながら、辛くも一命を取り留めたケースがあります。
その関係者がポップアスリートに登録しているチームであるということで今回、そのかけがえのない命を救ったAED(心臓救命装置)のメーカーである株式会社フィリップスエレクトロニクスジャパン様と一緒にインタビューに行ってきました。

大阪市南部を拠点とし、ポップアスリートにもチーム登録している 「住之江ウルフ」-上野監督の長男:貴寛さんこそが救命体験の当事者であり、たまたま観戦していた上野監督の非常に具体的な当時の状況と、野球における安全対策と救急救命活動に対する意識の変化等についてお話を伺いました。

それは、約2年前の硬式高校野球春の府大会で起きました。
相手チームの4番バッターが放った打球は投手だった貴寛さんの左胸を直撃、打球を受けた貴寛さんはフラフラとそのままマウンドに仰向けに倒れてしまいました。

当初、誰もがそれを重大事故が起きているとは認識せず、グランド内に呼ばれてマウンドに辿り着いた上野監督はその様子が一瞬にして「ただ事ではない」事を感じます。貴寛さんはケイレンをし、呼吸が止まった状況。
慌てて救急車の要請をする上野監督の言動に周りが徐々に事の重大さに気付き始め、心肺蘇生や人工呼吸などを行うも、全く息を吹き返さない。チームメイトの中には貴寛さんの名前を泣きながら呼び続ける子も居たそうです。

意識が戻らぬままだんだんと体温までも低下…そんな危機的な状況を救ったのは卒業生が寄贈したAED(心臓救命装置)とたまたま試合の観客席にいた人工呼吸・ 心臓マッサージを行える専門家でした。

懸命な心肺蘇生法とたった1回のAEDによる電気ショックという2つの大きな奇跡が重なり、彼の心臓は再び鼓動を開始したのです。後に「2つの大きな奇跡のどちらかひとつが欠けていたら、最悪の結果は避けられなかったでしょう」と搬送された病院の主治医もおっしゃったそうです。 AEDの電気ショックにより意識を取り戻した貴寛さんは、その後すぐに救急車で搬送され、10日間の入院・検査を経て1か月後には何の後遺症も残らずに、また元気にグランドに戻ることが出来ました。

少年野球指導者として

この奇跡というべき体験をした後、上野監督は、高校生よりも身体的に弱い小学生を預かる者としてチームでAEDを購入し、常に携帯して試合や練習に臨むそうです。
「大会はもちろんの事、試合・練習においてもAEDを置いていない場所で行動をすることに不安を感じるんですよ。またAEDを見つけると自然にその位置を再確認するようになりましたね。スポーツの中でも特に野球はAEDが必須だと思いますよ」と上野監督は強く言い切りました。

1回の救命講習だけでも全然違う

ただ「AEDの所持だけでは決して万全ではなく、心臓マッサージや人工呼吸など心肺蘇生技術の知識を持ち合わせることがより一層、有事の際に役に立つ。」という事も、経験者となり初めて理解されたそうです。
それによりチームの保護者全員に救命講習を受けてもらうなど、ご自身の意識変化をチームに浸透させていったそうです。「1回の救命講習を受けるだけでも全然違いますよ」と監督は断言します。

子供たちの意識にも思わぬ波及効果が!

住之江ウルフのチームの子供達も救命という事柄に関心を持ち、「常に意識の中に有事の際に何をすべきか?」ということを考えるようになったといいます。
実際に具合の悪くなったおばあさんを見つけたチームの子供たちが、大きい声で助けを呼び大事に至らなかったという事例もあったそうです。

更にその輪はチームOBの保護者にも広がり、消防署の講習受講や進学後の中学部でAEDの購入検討をするなど、着実に意識の変化を上野監督は感じておられます。
またその他にも、グランド周辺半径200m以内にあるAEDの場所を記した「AEDマップ」を自主的に作るといった動きまでチーム内に出てきました。

「まだ他のチームでAEDを携帯しているチームは見ませんね。
もっとこの学童野球に携わる多くの大人がAEDの必要性を感じて欲しいと思います。ポップアスリートカップも全国大会等では必ずAEDの設置されたグランドを会場とするなどの必要性があるのではないでしょうか?」といったご指摘も頂きました。

ちなみに上野監督率いる住之江ウルフは、試合の時にはベンチの目立つ所にわざとAEDを置いて、対戦チームの理解促進を図っているそうです。
「いつも子供達にはその状況を的確に判断して次のプレーに何が必要かを想定して行動しなさいと言っています。つまり考えて準備を怠るなという事です。でも、その前に大人たちがAEDの準備、救命行動知識を備えることで、子供達に安心して野球に打ち込める環境を提供することが何よりも最優先されるべきなのではないか、と思いますね。」と上野監督は締めくくられました。

専門家の目から見た心臓震盪(しんぞうしんとう)

心臓震盪(しんぞうしんとう)とは

心臓震盪は胸に何らかの衝撃を受けて心臓麻痺を起こすことを指します。
脳の場合は一瞬意識が遠のくなど、一時的な現象で済みますが、心臓の場合には、そのまま心停止して突然死の原因になります。
健康な人でも、ある種の衝撃を胸に受けた時に心臓が止まって突然死に至ることもあり、病気というよりは事故のようなものです。特に、野球やサッカー、ホッケーなどのスポーツを行っている最中にボールが胸に当たって引き起こされることが多く、なかでも野球による発生事例が多くなっています。

(1)バッターが打ったボールが直接胸に当たった、
(2)素振りのバットが当たった、
(3)キャッチボールのボールが当たった など、と状況はさまざまです。

球技以外にも、空手で突きが胸にはいって起こったケースや、兄弟げんかの小突き合い、夫婦げんかの仲裁に入ったこどもの胸に親のひじが当たって起きたケースもあります。
このように心臓震盪は特別な状況で発生するのではなく、日常のなかで起こる可能性があることを考慮し、 起こったときには正しい対処法をとることが大切です。心臓震盪が起こったときに周りの人は迅速な対応が要求され、 直ちに蘇生術が必要です。

治すにはAED による電気ショックが唯一の方法です。心臓震盪は、衝撃によって心臓に不整脈(心室細動) が起き、全身に血液が送り出されない状態になっています。これを元に戻すには、心室細動をリセットする電気ショック(除細動)しか方法がありません。基本的には健康な心臓なわけですから、早期に処置をすれば後遺症もなく元に戻ります。特に心臓震盪の場合は外部からの衝撃によって引き起こされるので、必ず状況のわかっている目撃者がいます。
その目撃者が、すぐに行動を開始することが望まれます。

実際に胸に何かが当たって倒れたことを目撃したら

周りの人たちはすぐに意識と呼吸を確認してください。
ポイントは、これを10秒以内に行うことです。倒れてから様子を見て、1分2分経って、やっぱりおかしいから救急車を呼ぼうというのでは遅いのです。一刻を争うのだという認識で、10秒以内に意識と呼吸を確認して、それらがなければすぐに救急車を手配して心臓マッサージ(胸骨圧迫)を開始することが大切です。
その際、近くにAED があれば、最も有効な手段になります。
(この高校球児のケースでも)幸運だったのは卒業生が寄贈したAEDが学校内に設置されていたことです。救急車の到着までには一般的に6分かかるといわれているので、通報までのロスタイムや前後の時間を考えると、救急車を待っていたのでは、倒れてから救急救命士が実際に除細動を行うまでに10分以上はかかるでしょう。
それでは助かる可能性はほとんどゼロになってしまいます。

こどもの教育やスポーツ指導に携わる方々へメッセージ

こどもや健康な人にも心停止が起こるリスクを理解して、万全の体制を整えてほしいですね。
心臓突然死は若い健康な人や、スポーツマンにも起こりえます。スポーツに伴う心停止は、十分起こりうることだと想定したうえでAED を準備することが第一です。
それもただ学校やグラウンドにAED があればよいというのではなく、どの場所で心停止が起こっても、1分でAEDを取りに行き、1 分で持って戻り、1分で使用する、という合計3分以内の電気ショックが望まれます。
ですので、固定した場所に1台設置すればすむとは限らず、必要に応じて複数配置したり合宿や遠征に持って行ったりする柔軟な対応も重要です。
最近では、マラソン大会などに、一時的にAEDをレンタルして配備したり、AEDをかついで自転車で併走するモービル隊を構成するなど、効率性を考慮に入れた利用も試みられています。心臓震盪は、特殊な事故によって誰にでも起こりうることで、それは電気ショックでしか助かりません。言葉を変えるとAEDさえあれば助けられるということです。
迅速な判断と一連の救命行為(救命の連鎖:図参照) によって、その可能性は広がります。
学校やグラウンド、競技場、体育館などの施設や運動の場面にAED が準備され、それをみんながしっかりと使えるような講習、教育体制ができていくこと、そのうえで若者が安心し、思いきってスポーツに取り組めることが社会として望ましいあり方だといえるでしょう。


<PHILIPS Inforward より、東京都済生会中央病院 副院長 三田村 秀雄先生のコメントより抜粋>

編集後記

最も身近な大事な人に起こった事故の経験をから多くの学んだ事を伝えていければとインタビューに快く応じて頂いた上野監督。その一つ一つ、理解はできるのですが、行動に伴っていないというチームも数多くあると思います。
健全な子供達の育成を方針として掲げるチームも多い中、あらためて周りの保護者・指導者が何を準備・指導すべきなのかを考えるきっかけを与えてもらった気がします。
※AEDは音声ガイダンスに沿った操作が必要です。現場ではしっかりガイダンスの音声を聞いて適切な処置を行ってください。

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